大久野島から平和と環境を考える会 ホームページ

                 歴史の闇に消されようとした毒ガスの歴史を伝えるために

                        毒ガス島その被害と加害の歴史を探る〜           

最終更新日 2017/09/25       

開設年月日 2002/01/06

 大久野島(毒ガス島・地図から消された島)の資料を掲載しています。

 第二次世界大戦中、日本が毒ガスを使用したことを知っていますか。 日本陸軍は大久野島で 1929年から1944年まで15年間、毒ガスを製造し、戦争で使用し、たくさんの外国人を死傷させました。毒ガス兵器は、1919年のベルサイユ条約、1925年のジュネーブ協定などで、使用禁止を約束した兵器でした。 日本は国際条約に違反して大久野島で秘かに毒ガスを製造し戦争で使用しました。特に中国で、大量に使用し、多くの中国人を死傷させました。  この国際条約違反の戦争犯罪は、本来なら、東京裁判で裁かれなければならないのに、アメリカの政治戦略により、訴状にのせられず、闇に葬られました。 日本軍の毒ガス犯罪は日本政府によって、 国民に知らされることなく現在にいたっています。 しかも、敗戦時、日本軍が、 証拠隠滅のために、中国に捨てて帰った大量の遺棄毒ガスが、現在でも 平和に暮らしている中国の人たちを死傷させています。 闇に葬られてきた、日本の戦争加害の歴史を学びに 大久野島に来てください。

  前事不忘、后事之師意味( 過去のあやまちを忘れずその教訓を未来に生かす)  

目次

2015年以後の活動内容 (現在取り組んでいること)NEW

EW平和の旅 2016年10月朝鮮民主主義人民共和国訪問

 2014年までの活動動内容の紹介 

平和学習の旅紹介 

大久野島毒ガス関係学習資料を掲載しています。

      ↓

@大久野島の現存す戦争遺跡

A大久野島関係資料(大久野島の歌/概要/年表/地図/関連資料  )

B大久野島の戦争遺跡の案内

C大久野島関係の証言

D大久野島の歴史と環境問題関係資料

E大久野島に関する研究(教材化・その他)

F大久野島関係の書籍紹介

G侵略戦争関係の証言

H中国との交流(遺棄毒ガス問題) 

I平和と環境を考える活動

 

 平和学習のサポート(お手伝い)をします。戦争遺跡を案内したり、大久野島の毒ガスの歴史の講話を行います。ご希望の学校・団体は電話にてご相談ください。0846−29−1206(山内)            

       

       毒ガス資料館での講話          大久野島第二桟橋待合室前での講話         アメリカからの留学生の案内

 大久野島での平和学習のサポート(遺跡案内や講話 )を希望される学校や団体は電話にて、ご連絡ください。

  連絡先:TEL:0846−29−1206 (山内) ・・・大久野島から平和と環境を考える会・ 毒ガス島歴史研究所事務局

 

◎注意(観光ガイドではありません ので、観光会社や旅行社からの相談・依頼は受け付けていません。)

     修学旅行などで、大久野島の平和学習のサポートをご希望の団体・学校は旅行社を通さず、直接お申し込みください。)

条件(大久野島の毒ガスによる戦争加害・被害の歴史など,平和学習を目的とする10名以上の団体を対象とします。

     (少人数の場合は他の団体と日程が同じなら、合流して学習することも可能ですのでご相談ください。 )

     ☆戦争遺跡フィールドワークの所要時間(2時間〜4時間)島内一周の学習には3時間以上必要です。      

      毒ガス資料館での学習も含む。 約2km徒歩移動しながらの学習になります。

     ☆講演(講話)・所用時間約60分(大久野島の毒ガス加害・被害の歴史について話します。)

      団体の方で講演の場所として、休暇村の部屋を事前に借りておいてもらうようになります。

       休暇村大久野島連絡先(0846−26−0321) 

   

 

    

毒ガス貯蔵庫跡など遺跡の案内   外国からの団体も通訳がいれば案内します。 写真を見せながらの説明

    

明治時代の砲台跡と毒ガス遺跡の案内    大久野島毒ガス傷害者の慰霊碑前での説明   室内での大久野島の毒ガスの歴史の講話

      

     

 遺跡の説明、大久野島の毒ガスの歴史、中国の毒ガス被害者との交流などを掲載した

大久野島の毒ガスの 問題を学習するためのガイドブックです。

ご希望の方には頒布価格800円+送料で頒布します。

ご希望の方は下記の連絡先に、電話にて ご連絡ください。

連絡先(山内)TEL:0846−29−1206

                 
             
 
  

                      平和学習のサポート(遺跡案内・講話)希望は電話で申し込んでください。

       メールやFAXでは受付していません。

          連 絡先:TEL(0846−29−1206  山内正之 (大久野島から平和と環境を考える会)         

 

                                                                                                                                                                                         

                                      

                      

                                                        

                                                        

 

                                                       

                                                        

                                                                           

 

(外部リンク 先)

Collection Databases(オーストラりア戦争写真記念館) 

大久野島の戦後処理の写真が記録されています。 OKUNOSHIMAで検索すると見れます。

 

 

   大久野島はどこにあるの?(広島県竹原市忠海町)

                                                                                                                                                                                                            山陽本線三原駅で呉線に乗り換え約30分で忠海駅着。                                                                大久野島                             

駅から徒歩7分で忠海港。港から客船で約12分で大久野島     

 

世界でただ一つの毒ガスの資料館もあります。     平和学習 の案内。 (北部砲台遺跡)    大久野島が地図から消されています(上段)

大久野島毒ガス資料館(竹原市が管理)                                「地図から消された島」武田英子著より

(お問い合わせは:TEL0846−26−3036)                                        

  開館時間9:00〜16:00 (年末・年始は休館)

大久野島はどんな島 ?  

広島県竹原市忠海町にある大久野島はかって国際法で禁止されていた毒ガスを大量に生産し、

日中戦争で使用し、中国の人たちに多大な被害を与えました。 毒ガスは国際法に違反した                                                                              

兵器ですから極秘に生産され、使用され、戦後も、一般国民には知らされ ませんでした。

 大久野島は戦争中は地図からも消されていました。

    

            長浦工場群(イペリット生産工場)                            北部の工場群

 

 三軒屋 工場群 (ルイサイト生産工場 )  毒ガスマスクに身を包んだ作業員(戦後処理)

今は上の写真の工場はありません。しかし約30の遺跡が残っています。

                     

現在も残る遺跡(長浦貯蔵庫跡)   大久野島活性化協議会発行のガイドマップ              兎もたくさんいます。

大久野島の毒ガス戦争はまだ終わっていないのです。

しかし、いまなお、毒ガス製造にかかわらされた日本の毒ガス障害者や

戦後、日本軍が中国に捨てて帰った毒ガスによっ て被害にあった 中国人被害者が

たくさんその後遺症で苦しんでいます。中国の遺棄毒ガス被害者は

日本政府に責任を認め、補償するよう裁判で闘っています。

中国には日本政府も認めた数で約70万発、

中国側の研究者の発表で約200万発の 毒ガス弾が中国に残されたままになっています。

日本は 化学兵器禁止条約に基づき中国に遺棄してきた毒ガスは 処理する義務があります  

また、戦後、日本国内にもたくさんの毒ガスが保有されていました。

それらのたくさんの毒ガスが証拠隠滅のためにあちこちに埋設されたり、

棄てられたりしました。

大久野島に残されていた毒ガスは戦後どのように処理されたのでしょう

大久野島の戦後の毒ガス処理も海洋投棄焼却島内の防空壕への埋設という

三つの方法で行われました。

大久野島には今でも 赤筒(毒ガスの一種)が

島内の防空壕内に埋設されたままになって います。

すなわち毒ガスの歴史はまだ終わっていないのです。

        

  戦後処理の様子                海洋投棄に使われた艦船      残っていた莫大な毒ガスを処理する作業員

       

    大久野島から平和と環境を考える会

      2006年4月19日設立

   連絡先 広島県竹原市東野町983-5                                                 

   TEL&FAX 0846−29−1206

  代表 山内正之                    事務局長 山内静代                               

                     

毒ガス島歴史研究所事務局長(正之)      毒ガス島歴史研究所 代表(静代)も兼任しています。