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大久野島戦争遺跡の案内 全国から平和学習のために大久野島を訪れる団体・個人に 大久野島の戦争遺跡を案内しています。 案内を希望される方はご連絡ください。 連絡先:TEL&FAX0846−29−1206(山内) 県外の中学生が大久野島に平和学習に来ました。 広島で被爆の実相を学んだ後、3グループに別れて学習し、 1グループが大久野島にやって来ました。私が案内しました。 大久野島の歴史を学ぶ中から戦争絶対反対の意識が育って欲しいと 思いながら説明しました。
2004年4月3日 岡山民主医連の人たち約100名を 毒ガス島歴史研究所会員5人で大久野島の戦争遺跡を案内しました。 村上さんの証言を聞いた後、三班に分かれて島内一周の フィールドワークでした。2時間で回る強行スケジュールでしたが みんな元気に回りました。その後、私達ガイドもグループによる まとめの会にも参加し有意義な学習をしました。 写真はその時の様子です。
韓国テグ市の教職員が大久野島に来ました。 平和学習と人権学習の旅で日本に来ていた韓国テグ市の教職員 の一行を送る送別会が東方2001で行われました。 日韓両国の教職員の連帯と世界の平和実現を誓って みんなで「青い空は」を合唱しました。 青い空は青いままで子どもらに伝えよう・・・・・・・ そうです赤い戦火の空にしてはならないのです。
2004年1月14日今年も韓国より平和学習団 韓国テグ市の教職員27名が大久野島を訪問 村上さんの証言を聞いた後 毒ガス工場跡を回り学習しました。 昼食時、大久野島の歌も一緒に歌い交流を深めました。 毒ガス資料館前にて 私も案内しました。北部海岸で説明する私 長浦の毒ガス貯蔵庫跡にて
2003年3月29日東京の子ども達が平和学習にやって来ました。
日露戦争頃作られた北部砲台跡にて 国民宿舎横にある毒ガス貯蔵庫跡
2002年9月21日大久野島フィールドワーク実施 9月21日2つの団体と1家族より、大久野島のフィ−ルドワークの 案内の依頼があり、毒ガス島歴史研究所のメンバーが協力しました。 毒ガス資料館でVTRを視聴し、その後、村上さんの証言を聞き、 資料館を見学。フィールドワークを行いました。私も案内しました。
資料館で証言を聞く参加者 長浦貯蔵庫跡の見学 沖縄 から大久野島へ 2002年8月7日 沖縄から大久野島のフィールドワークに来られ、案内しました。 午前中は村上初一さんの証言を聞き。 午後は毒ガス島歴史研究所のメンバーの案内で 毒ガス工場遺跡と大久野島芸予要塞砲台跡を見て 学習を深めました。
証言を聞く参加者 長浦毒ガス貯蔵庫跡の見学 毒ガス工場発電場跡の見学 沖縄は日本本土で、唯一、戦場となり、一般住民を含め 多数の被害者が出ました。 戦争には被害・加害の両面を考えなくてはなりません。 戦争被害の歴史を持つ島、沖縄と 戦争加害の歴史を持つ島、大久野島 共に、戦争の悲惨さを伝える島です、ぜひ、一度といわず 何度も、訪れて、平和について考えてください。 現在でも、この二つの島は戦争の傷跡が消えていません。 今、なお、戦争の傷跡の癒えることなく、戦争の影を抱えて いる点でも沖縄と大久野島は戦争と平和について考える原点と言えます。
2002年5月25日(土)大久野島フィールドワークを実施しました。 毒ガス島歴史研究所のメンバ−で全国から集った青年・女性に 大久野島を案内しました。北は北海道から南は沖縄まで全国の 若者約80人が参加しました。 周囲4キロ、標高100mの大久野島をほぼ一回りしました。 平和について考える意義ある学習会でした。 次の日は広島の原爆遺跡をフィールドワークして学習を深め ました。
毒ガス資料館で証言を聞く参加者 世界で唯一つの毒ガス資料館 左の緑のシートはビジタ−センタ−建設現場。 新しくできたフェリー乗り場付近 新しくできた展望台から瀬戸内海を望む 毒ガス工場の電力を供給した発電場
ツタの茂る発電場入り口 大久野島フェリー乗り場 船から見る大久野島
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