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(5) 2004年9月 7日 毒ガス島歴史研究所 山内正之 第3回毒ガス島歴史研究所主催 日中友好平和学習の旅の紹介 8月17日〜22日、毒ガス島歴史研究所主催の「日中友好平和学習の旅」を実施しました。 参加者12名は多くを学び、たくさんの中国人と交流し、大きな課題を背負って帰って来ました。 いつか機会をつくって、皆さんに報告したいと思います。ご協力お願いします。 大久野島で製造したと考えられる毒ガス(赤筒)により虐殺された北担村の毒ガス事件犠牲者は 約1000人を上回るとのことです。 1946年に霊園が建てられ、殉難者の霊を追悼してきました。 今、霊園の腐食がひどく修復のための募金集めもおこなわれています。 今年9月から修復にかかり、12月頃一期工事を終了するそうです。 未だ地中に眠る犠牲者の霊を追悼するためにも早く修復が必要です。 今後、資料館建設や地下道の復元も計画されています。 私たちも募金に協力しました。皆さんもご協力お願いします。 連絡先:0846−29−1206(山内) 旅の様子を伝える写真(1) 8月17日〜18日 南京訪問
侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館にて 追悼式の後、朱成山 館長と記念写真 (2) 8月19日 冉庄(ゼンソウ)地下道戦遺跡訪問
地下道戦の遺跡、冉庄(ゼンソウ)遺跡にて、 地下道に潜る。約3000mが保存されている。 人民の知恵が駆使されている。 学習に来ていた子どもたちと記念写真。
(3) 8月19日 北坦村烈士陵園訪問 (毒ガス戦告発の陵園)
日本軍による毒ガス攻撃で村人1000人以上が 虐殺された北坦」村を訪れ、幸存者から証言を聞きました 。証言を聞いた後、村人と記念撮影
第11回呉日中友好祭(2002年5月8日〜13日の間) 黒龍江省ハルピン市の児童の絵画書道展を開催しました。
中国の子どもたちの絵の展示 会場では餃子つくりの実演もおこなわれました。
日中友好黒龍江省の旅でお世話になったダー先生と 交流会をしました。 (2001年10月)
平和資料館案内
ダ−先生のホームページです。 http://homepage2.nifty.com/dazhigang/ 21世紀における平和の光のために
大久野島写真展と日中文化交流絵画書道展 2002年3月23日 主催:毒ガス島歴史研究所 村上初一さんの撮られた大久野島の写真と日中友好絵画・書道展を開催いたします。昨年の八月大久野島の中部砲台跡で開いた写真展の再現です。村上さんの貴重な写真を展示しています。また、日中友好と国際平和を願って、中国ハルピン市より6才〜15才の子どもたちの作品が多数送られてきました。中国の伝統的絵画・書道技術を駆使した力作です。竹原市内の生徒が描いた絵画や書と一緒に展示を予定しています。 日中友好と平和を願って子どもたちが一生懸命取り組んだ作品です。ぜひ、ご来場いただき、鑑賞していただきたいと思います。
村上さんの写真を鑑賞する参加者 中国の子どもの作品 問合わせ先 TEL0846−29−1206
中日友好文化交流絵画展 2001年8月
中国黒龍江省ハルピン市にて 中国の子どもたちの絵画と書を大久野島の写真展で展示し、大好評を得た。今度は日本の子どもたちの絵を中国で展示していただくために、「中日友好黒竜江省の旅」の一行は、日本の子どもたちの書いた絵画と書30枚をハルピンまで携えていった。この絵と書は8月4日・5日の大久野島中部砲台跡での写真でも展示したものだ。 8月18日、ハルピン空港につくと、婦人スタッフ養成学校の徐敏先生が受け取りにきてくれていた。私たち一行がチチハルから再びハルピンに戻ってくる時までに絵画展の準備をして待っているとのことだった。 8月22日朝、私たちはハルピン婦人養成学校を訪れた。ハルピン市の中心部にある、その学校は2階建ての瀟洒な建物だった。入口を入ると広いスペースのロビ−になっていた。絵画などが展示できるように広いロビ−だった。
ハルピン市指導者養成学校の0絵画・書道展で子どもたちの絵と を書見る人たち 中日友好文化交流絵画展の看板が掲げられてあり、その横に日本からもってきた日本の子どもたちの書道や絵画の作品が丁寧に展示してあった。ここ中国黒竜江省ハルピン市で日本の子どもたちの絵や書に再会したとき、何とも言えない懐かしさがこみ上げてきた。8月4日・5日と大久野島の写真展で展示し、多くの日本の人に見てもらった一枚一枚の絵や書が、今はこうして中国でも展示され、中国の人に見てもらっている。立派に中日友好の架け橋になっている。呼びかけに賛同して絵や書を出品してくれた小学校・中学校・高校の子どもたちに感謝の気持ちでいっぱいになった。 2階にある応接用の部屋で、日中文化交流絵画展の展示証明書の交換会が行われた。日本の子どもたちのために、立派な展示証明書が出展した生徒の人数分用意されていた。養成学校の校長さんより手渡された。「栄誉証書」と書かれていた。日本に帰って子どもたち渡すと、大変喜んだ。日本からも中国の子どもたちのために30枚の展示証明書を用意していた。ハルピン婦人スタッフ養成学校 乃校長先生にそれを渡した。日中友好文化交流はその目的を達成した。 そのあと、中村さんが、岡田黎子先生から託されていた。岡田さん著書の「おおくのしまの語り」という絵本と謝罪の思いをしたためられた手紙を、岡田さんの思いを伝え手渡した。また、藤川さんが「日本の小学校でこの絵本を使って平和について学んでいます。」と言って平和学習のための絵本をプレゼントした。養成学校の校長から、「初めての呼びかけに快く応じてもらってありがたい。これからも交流をしたいです。子どもたちの交流をしたい。このたび、私たちは一つの種を蒔きました。」といわれた、「この種が芽を出し、根を張り中日友好、世界平和の大きな花を咲かせるよう私たちは努めましょう。」と答えた。本当に継続していきたいとり組みである。小さな細い糸だけれども一つ一つをつないでいけばやがて大きな太いつながりになるだろう。 ハルピンのテレビ局が取材にきていた。ディレクターは「あなたがたのような日本人の思いに中国の人々は感激するでしょう。今夜のニュースで放送します。」とのことだったが、残念ながら私たちは11時の飛行機で大連に行かねばならなかった。中国の人々にこのとり組みはどう伝わっただろうか。
絵画展示証明書の交換・ 岡田さんの絵本と手紙を贈呈 ハルピン指導者養成学校長 より 代表へ手渡された。
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